ブログをはじめた理由

やっと重い腰をあげました。
去年の暮れからブログのブの字を悩みはじめて、ブログの立ち上げまで実に時間がかかりました。
いや、時間をかけてしまいました。無駄に!

ブログをはじめると決めたのは、やりたくない理由が薄れた結果かもしれません。
ブログそのもののメリット・デメリットを考える以前の問題として、私の価値観はブログとほかのSNSでの発信に否定的でした。

その理由は以下の3つです。

社会貢献はしたいが、なるべくひっそりと生きていきたい

私は、中国の少数民族として、自分のアイデンティティに激しく悩む時期がありました。私は何人なのと。
日本での留学を経て、アイデンティティは生まれつきのものではなく、自分で選んでいいものだと、彷徨いから解放されました。
しかし、社会の不条理や格差、国家間の争いなどなど、私、一個人が変えられる問題ではないといえども、どうすればいいのだろうと漠然と自分に問いかけていました。

いきなりだいぶ論点が飛躍しましたが、あえて偉人で例えるなら、人間社会の観察者にとどまったソースティン・ヴェブレンなのか、世の中を変えようと奮闘するヘンリー・ジョージなのか、
自分はどういう人生を送ろうとするのかの問いだらけでした。

愚問極まりです。
結局は、中庸な人生に行き着いたのか、と突っ込みたいですね。
「夢子」って自分のことだったと気づいたこの頃です。
冒頭の壮大感からなんか拍子抜けでした(苦笑)。

大学院時代の苦痛がトラウマに?

私にとって外国語の日本語でいきなり大学院の授業やレポート、論文ないし学会発表まで、正直楽しさより苦しさが勝っていました。

自分の言葉になっていないことへのもどかしさからでしょうか。
自己表現をしたいが、自分の主張を思うがままピッタリ表現できる日本語力がない、表現することが怖くなる、という悪循環に陥てしまいました。

もちろん時間によっていろんな問題が解消されましたが、深層心理には日本語での自己表現に苦手意識があるようです。
いや、自己紹介でも触れたように、今まではネイティブのように発音し、ネイティブの表現で文章を書くことに必死だったかもしれません。
その欲に押しつぶされたかもしれません。
また他人に役立つ情報なんてない、無理!と逃げていました。

生い立ちから

どこまで自由に発言していいのか、身を構いていました。
単純に考えすぎました。はい!

あーだこーだと、ブログをやりたくない理由をつけていました。いままで!
これからは、ブログでネイティブではない「私」の表現で書きたいと思います。
地域密着型の生活をはじめて3か月、ひっそりながら、「私」の声を大にして小さな疑問にも世に問うていこうと思います。
特許翻訳を通じて、まず日・中・韓の特許の世界を楽しもうと思います。

30代後半になっても思考回路はまだ大学の頃のままでした。書くことで過去の棚卸しができ、過去の弱い自分からひと皮、ふた皮むける体験ができると期待しています。

ちなみに、この記事を書く間に、リビングで寝ている娘が敷き布団とテレビ台の間の溝にはまり→ぐずり泣き→救出、3回繰り返しました。
2歳児が熟睡するのは、いつのことのやら~